「あ・つ・い!!」

 移り気で長続きしない音楽的衝動が、太陽に呑みこまれてゆく。いまやワールド・ミューズィックですら様式美になってしまったのではないか?そんなくだらない妄想、そして邪念が、光の破片に崩れ落ちてゆく。

 「何も持って来るな、ダイミョー!ギター、ドライ・フード、安全靴、あっ、それにラーメンを用意してくれ。ブッシュで食いたい。スワッグは準備した。俺もあそこ(アーネムランド)に行けば、ディジュを作れるし、とにかく気軽に来ればいい。塩入り歯磨きペイストのプレゼントも期待してるよ.....。」

 おやじの言う通りだった。もしかして役に立つのでは?と思って持って来た過去のソング・ノートも、ここでは白蟻も喰わない紙切れにすぎないと気が付く。へんに取り繕うとして過去に使った事のあるメロディーを引用しようとする。おやじにとっては、はじめて聞くはずなのにすぐさま、ちらっと目を向け演奏を止めてしまう。そして何も言わない。日本で何度かセッションした時もこんな状態は度々あったが、ここ聖地ではまったく通用しないようだ。「ワック、ワック」と鳴く鴉(カラス)にも翻弄されてばかり。

 干からびたゆき止まりにギターを弾く手が怠惰になっている。

 スワッグとは、チャーリーのようなオーストラリア人が愛用する移動式寝床のことだが、使わない時は寝袋のように小さくまとめる。砂や蟻をふり落とし、アーミーがよく使用する頑丈な布を下敷きに置いて”すまき”にしておく。そいつを座椅子がわりに、ただ茫然と時を過ごす.......ただただ過ぎていく.......

 いつしか大群の蠅は彼方に消えうせ、クロコダイルの飛び込む音がBGMに変わっていた。放縦な雨期が残した水は、いまだ濁っている。この野営も、あと1ヵ月もすれば征服される。ブ厚いブッシュ・ブーツも溶けてしまいそうな昼の熱く渇いた砂地は、嘘なくらい優しい黄昏につつまれている。

 原始の泥水で行水することは、何か信仰めいたものを感じてしまう。今や鰐達の光る目も気にならない。服のまま水に漬かることもしばしば。

 「あー。何とか、まとめなくては.......」「新曲々...」と要請がなくても、自ら強制している。苛立ち服を脱ぎ捨てると、ひんやり水が清めてくれる。そして焚き火の夕食では肝臓がまた熱い水を欲求してくる。

 「ダイミョー!ホーリー・ウォーター(Holly Water)をくれ」

 免税店で買ったワイルド・ターキーを廻し飲むと「ウーッ」と唸ったり、「アーッ」と溜め息をついたり。

 「今日もDのディジュをつくったの?チャーリー」..........

........「ダイミョー。Dは一番ポピュラーで商売になる。わかるだろ。開放弦が使えるからな.....でもお前と俺はAだ。Aの兄弟(マイト)だ」

 そういえば、スネイクもAだった。おやじいわく、EにはEの、C#には.....というように、おやじのイメージする情景がある。切り出したディジュの個性も加わりベーシックな”ノリ”が決定する。

 「.......だから俺は、お前を一度この特別区域に連れて来たかったんだ」

 「手紙でも書いたように、今回の旅はディジュを切り出す...そしてアボリジニの友達に逢うことが一番の目的なんだ」

 いつにも増して多弁なおやじ。リッター瓶が見る見る減ってゆく。こんな飲める_おやじは、はじめてだ。

 「ダイミョー。明日の日中、この貴重なホーリー・ウォーターをちゃんと隠しておいてくれよ。ここではイリーガルなんだ。もし監視人が釣りにでも来て見つけたら、面倒なことになる。ダーウィンに戻ればよくわかると思うが.....。とにかくアボリジニにとって、こいつは厄介なものなんだ。ラミンギニ(Ramingining)ではすべて禁止され、もちろん持ち込みもだめだ。.......とはいっても俺たちには大切な聖なる水だからな。スワッグの中にでもブチこんでおこう。さっき立ち寄ったベズウィックの部落じゃ、つい二日前、酔っ払い同志が殺人事件を起こしてしまったそうだ。だから俺の友人のアボリジニ達は今夜、ここに来れないと言っていた。.......んー.....ところでダイミョー。日本の”サキ”が飲みたいな.....」

 ついこないだまでオーストラリアに原住民がいる事など、まったく知らなかった。ディジュリドゥーにしても然り。それがひょんなことからチャーリーと出逢い、ここベズウィックの谷間にいる。いつ果てるともない夢が、すでに始まっている予感。

 この世界がいま、いかなる変化を遂げても揺るぎないもの。.....ふと、おやじの出演したヴェンダーズ監督の「Until the end of the world/夢の涯てまでも」を思いだす。あの トラック・ドライヴァーは、おやじそのものでオカシかった。

 「あの映画は、ここじゃない。アリス・スプリングスだ。まったく.....こまったもんだ。出演者がホテルの近くでなくちゃ、ついていけないというんだ.....」

 「確かにここでヘビに噛まれでもしたら、医者のいる一番近い街はキャスリーンだから安心して死ねるほど遠いけどな.....」

 ブッシュを駆ける数えきれない流れ星と生きものたちが、今夜も手招きをしている......

.....(きっとこれは太陽の・やさしさ・なんだ)............。

 寝相が悪く、スワッグから転がりだしてホーリー・ウォーターの夢からさめると.....すでに灼熱が身体を呑み込んでいた。

 「あ・つ・い!!」

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